手間


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・いろんなものに値段がついている。

その値段は場所とかで同じものでも違ったりする。

たとえば、富士山の山頂では、缶コーヒーは600円だったり、カップラーメンが800円だったりする。

下から持っていけば、450円くらい安いわけです。

しかし単純に水も富士山に登る時一リットルもしくは二リットルくらいは飲む人が多いと思う。

それを担いで登るのはそれを持たないで登るより辛いし、きつい。

それを誰かが先に山頂に運んでくれていたら、ありがたいわけです。

そこには、山頂に運んでくれてたから、持たずに登ることが出来たりするわけです。

手間に対する対価というものがある。

普通に100円以下で買えるジュースに手間を誰かがかけてくれた、その手間への対価が500円上がったりするわけです。

昨今ものの価値に対して、鈍感になってる気がする。


誰かの手間に対して僕らは対価を払うわけです。

その手間のかけ方はは、それぞれなわけです。

それに対して考えたりする力って必要なんではないか?

単純に毛糸の値段でセーターは購入できない。

その毛糸に手間をかけてくれた対価の方に僕らは大きな価値を見たりする。

それが当たり前なのだ。

しかし、ものの価値が誰でも調べればわかる時代、原価基準で高い安いという人もいる。

それはなんか違和感がある。

毛糸より、はるかに価値を持つセーターは、毛糸の価値もあるが、それより間違いなく手間に価値がある。

手間に価値を感じることって人に対して感謝を持つことなんではないか?

以前読んだ本に

お金の円とは、ありがとうという意味がある。なんてのを読んだことがある。

ジュース一本には、ジュースを作る人の時間を使った手間があり、その容器を作る人の時間を使った手間があり、パッケージを考えた人の時間を使った手間があったり、それを運ぶ人の時間を使った手間があって、それを店に並べる手間があり、それを僕らに渡す販売の手間がある。

その手間全てに価値がつく、しかし、その手間全てに
ありがとうとつたえ歩くのは難しい、だからお金というものに感謝を込め渡すのだ。

手間に対して人はちょっと鈍感になっている。

大袈裟にいえば富士山の山頂にジュースを届けてくれたら500円やると言われてやるのはちょっとやりたくない、それを誰かが変わりにやってくれてるのだ。

ものの価値の大半は、誰かの時間を使った手間なんだと考えることを大事にしたいなんて思ったりします。

誰かの時間を考えて見ることで価値や有り難みは変わってくる気がします。

今日も紙ひこうき日和を読んでいただきありがとうございます。

日曜日ランチタイムだけでしたがご来店ありがとうございます

月曜日のランチは、

スタミナオムライス

ほうれん草と卵のドリア

です。

夜はお酒もいろいろ取り揃えてあります。

皆様のご来店おまちしています。


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by kamihikohki_s | 2017-07-24 10:38 | Trackback | Comments(0)
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